杉山夏樹 先生
スウェーデン ルンド大学
基礎研究にも興味があり博士号を取りたいと希望があったこと、またすでに留学された先生方のお話を伺って他国での生活に憧れたこともあり、入局当初から留学を希望しておりました。幸運にもその機会をいただくことができ2016年11月から約2年間スウェーデンのルンド大学に留学させていただきました。ルンドはスウェーデンの南西に位置する学生都市で、隣国のデンマークとは電車で1時間程度と近いですが、首都のストックホルムまでは電車で5時間もかかり南北に長い国だと実感できます。街の中心部は石畳になっており、14~17世紀頃の古い建物も残っています。特にルンドのシンボルである大聖堂は中も荘厳で圧倒されます。(写真①)週末にはイベントやミニコンサートを催しており、私も何度かアカペラの合唱を聞きに行きました。気候は緯度が高い割に温暖で雪もあまり降りませんが、夏と冬の日照時間の差が大きく、冬は9時~15時頃までと短いのに対して夏は朝4時~22時頃まで明るいので自然と活動的になります。あちらこちらに大きな国立公園がありトレッキングができるようになっていたり、誰でも自由に森でベリーやキノコの採取ができたりと、広大な自然の豊かさを楽しむことができました。スウェーデン人は健康志向が強く、ランニングやサイクリングの練習をしている人をよく見かけました。日本と比べると魚介類の種類は少なくほとんどはニシンか鱈か鮭の加工品になるので滞在中はどうしてもお刺身が恋しくなりましたが、肉は日本では珍しいヘラジカやイノシシなどもスーパーに常時陳列していました。お酒は国指定の酒屋でしか購入できないようになっており、平日は17時に閉店してしまうので少し不便でした。また外食は高いので日本のように外で食べる習慣はなく、友人や仲間で集まる時には自宅に招待してホームパーティーのようにするのが一般的でした。どのお宅も北欧家具やアンティーク物の調度品など内装にこだわりがあって、窓辺もきれいに飾られているので散歩をしながら見て回るのも楽しかったです。
ルンド大学には研究施設が3つありますが、私が所属していた建物は大手家具メーカーIKEAから援助を受けて建てられた施設ということで社長の名前をお借りしてKampradhusetという名前がついていました。事務の方も含めて30~40人くらいが属する施設で、少人数ですがその分皆顔見知りでアットホームな環境なので働きやすかったです。スウェーデンの文化の一つで毎日10時と14時には”fika”というコーヒーブレイクの時間があり、参加したい人は食堂に集まってコーヒー片手にお菓子をつまみながら会話を楽しむという時間がありました。食堂はお祝い事の時にも大勢の人でにぎわい、家族の話から政治の話まで研究していただけでは知り合えなかった人たちとも気軽に話ができ、良いコミュニケーションの場でした。仕事は基本的には9時17時でしたが、個人に任されている部分が大きいので朝早く出勤したり遅くまでいたりとフレキシブルに調整することも可能でした。1~2週間に1回ランチセミナーがあり、各グループが順番でどんな研究をしているか15分程度の発表を聞く機会がありました。アイディアや知識を得られるのでいい刺激になりましたし、内容が難しくて分からなくても上手なプレゼンテーションの仕方を見て学ぶことも多かったです。
私は過去に4人の先生方が留学されていたラボでJohan教授とLars先生のご指導のもと研究を進めて参りました。同じラボで5人も留学生を受け入れるのは珍しいことで、ルンド大学のニュースレターにも取り上げられました。(写真③)私たちの研究グループは技術者の方2人が加わった5人体制でしたが、前立腺癌の研究をしていた院生2人が加わって7人になることもありました。技術者の方は2人ともベテランなので基礎研究の経験がない私にとってはいつでも何でも聞ける環境下にあり大変恵まれていました。私が行っていた研究は数年前にこのラボで樹立されたHPV陽性の中咽頭癌細胞株を用いて、血液内科では既に臨床使用されているプロテアソーム阻害剤と既存のシスプラチンとの併用療法の効果を確かめる実験でした。このHPV陽性癌細胞株はマウスモデルもあり、他のグループと共同でin vivoの実験にも参加させていただきました。
臨床ではガイドラインや経験を基に治療を検討していくため、ある程度の道筋がありますが、基礎研究ではまだ解明されていない部分を探求していくため想定していた結果と異なる結果が出る事の方が多く、その度に試行錯誤して実験を繰り返すという臨床とはまた違った難しさがあると感じました。ただ、臨床で用いられている治療はどれも基礎研究を介して確立されてきたもので、「将来的にもしかしたら自分の研究が患者さんの役に立つかもしれない」というロマンがあると思います。2年間の留学生活を通して良い先生と仲間に出会い、恵まれた環境下で研究という新たな世界を経験できた事は私の宝物になりました。今後の医師人生にも活かしていけたらと思っております。
このような貴重な機会をいただいた浜松医科大学耳鼻咽喉科・頭頸部外科の先生方には大変感謝しております。またこの留学記が後進の先生方の将来を考える一助となれば幸いです。
2022年5月31日